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2026/11/07 07:31




鹿の角は薬としても利用されてきた。鹿茸・鹿角膠・鹿角霜の歴史と利用

鹿の角と聞くと、角細工や装飾品、ナイフの柄などを思い浮かべる方が多いかもしれません。

しかし、鹿角にはもう一つの重要な利用の歴史があります。

それは薬用資源としての利用です。

東アジアの伝統医学では、鹿の角は古くから生薬として扱われてきました。

成長途中の柔らかい角は鹿茸(ろくじょう)として、骨化した角は鹿角(ろっかく)として利用され、さらに加工することで鹿角膠(ろっかくきょう)や鹿角霜(ろっかくそう)という別の生薬が作られてきました。

今回は、それぞれの特徴と伝統的な利用方法、そして鹿角の資源利用という視点から考えてみます。

■ 鹿茸(ろくじょう)とは何か


鹿茸は、鹿の成長途中にある柔らかい角を利用した生薬です。

鹿の角は毎年生え変わります。春から夏にかけて成長する角は、初期には毛皮状の皮膚に覆われ、血管や神経を伴う柔らかい組織となっています。

その後、成長に伴って徐々に骨化し、硬い角へと変化していきます。




この骨化する前の幼角が鹿茸です。

日本薬局方外生薬規格2022では、ニホンジカ、アカシカ、ワピチなどの雄鹿の角化していない幼角を鹿茸の基原として規定しています。

鹿茸は、単に柔らかい角というだけではありません。成長途中の組織であるため、硬化した鹿角とは構成成分も異なります。

■ 鹿茸の伝統的な薬用利用

中国伝統医学では、鹿茸は補腎陽、益精血、強筋骨などの目的で利用されてきました。

これらは伝統医学における概念であり、現代医学における効能表現とは異なります。

伝統的には、身体の虚弱、冷え、腰や膝の衰弱などに用いられてきました。

■ 日本における鹿茸の利用

日本においても鹿茸の薬用利用は古くから存在していました。

『日本書紀』には、推古天皇19年(611年)に菟田野で薬狩が行われた記録があります。

薬狩とは、薬草を採取するとともに、薬用となる鹿の若角を採取する宮廷行事です。

鹿茸は古代日本においても薬用資源として認識されていたことが分かります。



■ 鹿茸の粉末利用

鹿茸は、採取した幼角を乾燥させるだけでなく、粉末にして利用する方法もありました。

富山大学の民族薬物データベースには、近世の治療書『官準広恵済急方』において、鹿茸を極めて細かい粉末にし、人乳と混ぜて眼に用いる処方が記録されています。

これは当時の医療における利用記録であり、現代の医療として推奨される方法ではありません。

このように、鹿茸は滋養を目的とした生薬だけでなく、粉末として特定の処方に組み込まれていたことも分かります。

■ 補助的処方やドリンク剤としての利用


今回確認した『シカと人との関係史から』という資料には、日本の東洋医学における補助的処方として「鹿散補湯」が紹介されています。

資料では鹿茸を第一材料とし、強壮・強精、鎮痛などの目的で用いられる処方として説明されています。

また、鹿茸を配合した補精強壮剤やドリンク剤が増加し、高価な鹿茸の利用が袋角に限られていることについても記されています。




鹿茸は、古代の薬用資源であると同時に、現代においても生薬や健康関連製品の原料として利用されてきた素材です。

ただし、資料に記載された効能が、現代医学によってすべて実証されているわけではありません。

■ 鹿角膠(ろっかくきょう)とは何か



鹿角膠は、骨化した鹿の角を煮出し、抽出液を濃縮して作られる膠(にかわ)です。

鹿茸が成長途中の角を利用するのに対し、鹿角膠は硬化した角を原料とします。

鹿角には、骨と同様に無機成分と有機成分が含まれています。

そのうち、加熱抽出によって得られる膠質成分を利用し、濃縮・固化することで鹿角膠が作られます。

■ 鹿角膠の製造方法



伝統的な製造工程は、概ね次のようになります。

1. 硬化した鹿角を切断する
2. 水に浸して洗浄する
3. 鹿角を水で繰り返し煮出す
4. 抽出液を濾過して分離する
5. 抽出液を加熱濃縮する
6. 型に流して固化させる
7. 乾燥させて鹿角膠を得る

鹿角膠は、鹿角を粉砕したものとは異なります。

角に含まれる成分を抽出し、濃縮して得られる加工品です。

■ 鹿角膠の伝統的な利用





中国伝統医学では、鹿角膠は補血、益精、補陽などの目的で利用されてきました。

伝統的には、虚弱、冷え、腰痛、腰膝の衰弱などに用いられてきたとされています。

また、鹿角膠は鹿由来の膠素材でもあります。

動物由来の膠は、古くから接着剤や工芸材料として利用されてきました。

鹿角膠についても、薬用という用途だけでなく、素材としての可能性を考えることができます。

■ 鹿角膠の成分

鹿角膠には、コラーゲン由来のタンパク質やアミノ酸などが含まれています。

鹿角から抽出される膠質成分を濃縮した素材であるため、硬化した鹿角そのものとは成分構成が異なります。

ただし、成分が含まれていることと、人体に特定の健康効果が得られることは別の問題です。

■ 鹿角霜(ろっかくそう)とは何か



鹿角霜は、鹿角膠を抽出した後に残る骨質部分を利用した生薬です。

鹿角膠を製造する工程では、角のすべてが液体に溶け出すわけではありません。

抽出される膠質成分と、抽出後に残る骨質部分に分かれます。

この残った部分を乾燥させたものが鹿角霜です。

■ 鹿角霜の製造方法


鹿角霜は、鹿角膠の製造工程から生まれます。

1. 硬化した鹿角を切断する
2. 水に浸して洗浄する
3. 水煎によって膠質成分を抽出する
4. 抽出液と残渣を分離する
5. 残渣を乾燥させる
6. 必要に応じて粉砕する

つまり、鹿角膠と鹿角霜は別々の原料から作られるのではなく、同じ鹿角を加工する過程で得られる関係にあります。

■ 鹿角霜の伝統的な利用

伝統医学では、鹿角霜も鹿角膠と同様に補陽などの目的で利用されてきました。

また、収斂や止血に関する用途も記録されています。

鹿角膠と鹿角霜は、原料が同じであっても加工方法が異なり、伝統医学における使い分けも存在していました。

■ 鹿角霜の成分

鹿角霜は、鹿角膠と比較すると骨質部分が主体となります。

主な構成成分として、リン酸カルシウムを中心とする無機成分や、残存するタンパク質などが挙げられます。

この性質から、鹿角霜は薬用素材だけでなく、骨由来の無機素材としても研究対象になり得ます。

■ 日本における鹿角の薬用利用の歴史

鹿茸だけでなく、硬化した鹿角そのものにも薬用利用の歴史があります。

今回提供いただいた資料には、次のような記述があります。

『延喜式』には、鹿茸以外に鹿角が薬種として貢納されたことが記されているとされています。

また、通常の鹿角を黒焼きにし、ニンジンやニッケイを加えて産後に服用させる利用方法についても紹介されています。

ここでいうニンジンは、野菜の人参ではなく、生薬の人参(オタネニンジン)を指すと考えられます。

この記述から分かるのは、鹿角の薬用利用が鹿茸だけに限定されていなかったということです。

成長途中の幼角だけでなく、骨化した鹿角にも薬用資源としての価値が見いだされていました。

また、鹿角膠や鹿角霜のような加工生薬だけでなく、粉末化や黒焼きといった加工方法も存在していたことになります。

鹿角の利用方法は、時代や地域、処方によって多様だったと考えられます。

■ 鹿茸・鹿角膠・鹿角霜の違い

鹿茸
原料:成長途中の幼角
主な加工:採取・乾燥・粉末化
素材の特徴:成長組織を含む
伝統的用途:強壮・滋養

鹿角膠
原料:骨化した鹿角
主な加工:水煎・濃縮・固化
素材の特徴:膠質を濃縮した素材
伝統的用途:補血・補陽

鹿角霜
原料:鹿角膠抽出後の残渣
主な加工:抽出後の乾燥
素材の特徴:骨質部分が主体
伝統的用途:補陽・収斂

鹿茸は成長途中の角を利用する生薬。

鹿角膠は硬化した角から膠質を抽出した素材。

鹿角霜は膠を抽出した後に残る骨質部分。

同じ鹿の角であっても、加工方法によって異なる素材が生まれます。

■ 現代科学から見た鹿角の薬用利用

鹿茸や鹿角膠、鹿角霜については、現代でも成分分析や薬理研究が行われています。

鹿茸については、抗酸化作用や免疫調節作用、筋骨格系への作用などが研究対象となっています。

しかし、鹿茸サプリメントの人に対する健康効果を検討したシステマティックレビューでは、十分な有効性を裏付ける証拠は得られていません。

鹿角膠や鹿角霜についても、伝統的な効能が現代医学で確立されているとは限りません。

古くから薬として利用されてきたという歴史的事実と、現代医学で有効性が確認されているという事実は、明確に区別する必要があります。

また、生薬や医薬品として製造・販売する場合には、原料規格、品質管理、安全性、法規制の確認が必要です。

■ 鹿角の全利用という視点

私自身、鹿という動物から得られる資源を、できる限り無駄にせず利用することを考えています。

鹿肉、皮、毛皮、骨、脂、角。

それぞれに異なる用途があり、利用方法を考えることで、ひとつの命から得られる資源の可能性は広がります。

鹿角についても、工芸材料として利用するだけでなく、加工時に発生する端材や残渣の利用を考える余地があります。

例えば、鹿角を工芸材料として加工した後に残る端材を集め、膠の抽出を試みる。

抽出後の残渣については、骨由来の無機素材として成分分析や利用試験を行う。

こうした工程を組み立てることで、鹿角を段階的に利用する仕組みを検討できます。

もちろん、鹿角膠や鹿角霜を生薬として製造・販売することを目指す場合には、別途、法規制や品質管理の検討が必要です。

まずは素材としての性質を確認する。

そこから用途を絞り、少しずつ利用方法を増やしていく。

その積み重ねが、鹿という野生動物の資源を余すことなく活かすことにつながるのではないかと考えています。

■ おわりに

鹿の角は、古くから薬用資源として利用されてきました。

成長途中の鹿茸。

硬化した角から作られる鹿角膠。

膠を抽出した後に残る鹿角霜。

それぞれの名称と加工方法を知ることで、鹿角が単なる工芸材料ではなく、長い歴史の中で多様な利用方法を持っていたことが分かります。

古代の人々は、鹿の角にどのような価値を見いだし、どのような加工方法で利用していたのか。

その歴史を知ることは、現代の野生資源利用を考える上でも重要な手がかりになります。

命を余すことなく活かす。

そのためには、既存の利用方法を知り、現場で試し、少しずつ利用の幅を広げていくことが大切だと考えています。

Bushcraft komorebiでは、鹿の角や皮、毛皮など、野生資源の利用と加工に取り組んでいます。

製品や素材についてのお問い合わせは、Instagramまたは販売ページよりお気軽にご連絡ください。

【参考文献】

・『シカと人との関係史から』
 ※鹿茸の伝統的利用、鹿角の歴史的な薬用利用に関する記述を参照

・厚生労働省『日本薬局方外生薬規格2022』
 https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc6530&dataType=1

・富山大学 和漢医薬学総合研究所「民族薬物データベース」
 鹿茸に関する記載および『官準広恵済急方』の用例
 https://ethmed.toyama-wakan.net/Search/View/10308

・宮瑞沢ほか「《中华人民共和国药典》收载的鹿源药材中胶原蛋白对比分析」
 『薬物分析雑誌』第40巻第2号、2020年、373–381頁
 https://doi.org/10.16155/j.0254-1793.2020.02.24

・宮崎昭、丹治藤治 著『シカの飼い方・活かし方』


※本記事では、歴史資料に記録された伝統的な利用方法と、現代の研究による成分分析を区別して紹介しています。伝統的な薬用記録は、現代医学における有効性を直接証明するものではありません。