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2026/11/01 06:48


2026年10月31日、神奈川県秦野市で、一度山奥へ放獣されたツキノワグマが再び捕獲され、殺処分された。
このクマは10月20日に弘法山公園付近で捕獲され、発信器などによって追跡できるようにしたうえで、丹沢山地の奥地へ放獣されていた。
ところが、放獣からわずか3日後には、再び公園周辺で同じ個体の姿が確認された。
その後も周辺で目撃情報が続き、10月31日に再捕獲された。
市と県は、住宅地に近く、人通りも多い場所に短期間で戻ってきたことから、人身被害の危険性が高いと判断し、殺処分を決めたという。
このニュースを見て、さまざまな意見が浮かんだ人もいるだろう。
せっかく山へ返したのに、なぜ殺してしまうのか。
一度捕獲したクマを、なぜもう一度放獣できないのか。
あるいは、住宅地の近くに戻ってきた以上、仕方のない判断だったのではないか。
私自身も、無闇に殺処分すればいいとは思わない。
できることなら、命を奪わずに済む方法があってほしい。
しかし、山へ返せばすべて解決するというほど、自然と人間の関係は単純ではないのだと思う。
■ 放獣したクマは、実際に戻ってくるのか?
ここで一度、感情から離れて、実際の調査データを見てみたい。
日本だけでなく、海外でも、放獣したクマの移動や帰還について研究が行われている。
■ 鳥取県のツキノワグマの調査
鳥取県では、2002年から2003年にかけて、錯誤捕獲されたツキノワグマ6頭を移動放獣した。
そのうち5頭に電波発信機付きの首輪を装着し、放獣後の移動を追跡した。
継続的に追跡できたのは4頭だった。
この4頭は、捕獲地点から3〜8km離れた場所に放獣されたが、全頭に捕獲地付近への移動が確認された。
つまり、数km離れた山林に放獣しても、元の生息地付近へ戻る行動が見られたのである。
研究では、一度錯誤捕獲された地域では、再び捕獲される可能性があることも指摘されている。
ただし、追跡できたのは4頭という少数の事例だ。
この結果だけで、すべてのツキノワグマが戻ってくると結論づけることはできない。
それでも、放獣すれば元の場所から離れていくとは限らないことを示す実例ではある。
■ 兵庫県では、追跡した64頭のうち45頭が人里に再出没しなかった
兵庫県の資料では、2004〜2009年に行動追跡したツキノワグマ64頭のうち、45頭について集落などへの再出没が確認されなかったと報告されている。
45頭は全体の約70%に当たる。
これは、放獣後に人里へ出没しなかった個体が一定数いたことを示している。
ただし、人里に再出没しなかったことと、元の捕獲地点へ戻らなかったことは同じではない。
また、再出没が確認されなかった個体についても、追跡期間や調査状況を考慮する必要がある。
この結果から分かるのは、放獣後の行動が個体によって異なるということだ。
放獣すれば必ず戻ってくるわけではない。
しかし、放獣すれば必ず戻らなくなるわけでもない。
■ 海外では、帰還率60%以上の研究もある
海外の研究にも目を向けてみる。
アメリカのウィスコンシン州では、1979〜2016年に行われたアメリカクロクマの移送1,462回、対象1,293頭を分析した研究がある。
移送距離は2〜235kmで、平均57kmだった。
この研究では、移送後に問題行動が繰り返され、さらに元の捕獲地点で再捕獲された事例について、帰還率64%と報告されている。
ただし、これはすべての移送個体の64%が戻ったという意味ではない。
問題行動の再発と元の捕獲地点での再捕獲という条件に該当した事例を対象とした数字である。
また、移送距離が長くなるほど、元の捕獲地点へ戻る確率が低下する傾向も確認されている。
距離を離すことには一定の意味があるが、それだけで帰還を完全に防げるわけではない。
■ 2026年に公表されたGPS追跡研究
2026年に公表されたアメリカの研究では、人間とのトラブルに関与したアメリカクロクマ50頭をGPS首輪で追跡し、移送後の行動を分析している。
その結果、元の捕獲地点へ戻る年間確率は、成獣で61.5%、亜成獣で11.1%と推定された。
成獣の推定値には34.1〜88.9%という95%信頼区間があり、数値には不確実性もある。
この研究では、移送後に人間とのトラブルが再発する年間確率も38.8%と推定されている。
重要なのは、元の捕獲地点へ戻ることと、人間とのトラブルが再発することは別の指標だという点だ。
元の場所へ戻らなくても、移送先や別の地域で問題が起きる可能性はある。
また、この研究では移送されたクマの生存率が低かったことも報告されている。
つまり、山へ移送することが、必ずしもクマにとって安全な解決策になるとは限らないのである。
■ インドでも、11頭中7頭が捕獲地点へ戻っていた
インドのダチガム地域では、人間とのトラブルに関与したアジアクロクマ11頭について、遺伝子型を用いた追跡調査が行われた。
その結果、7頭が捕獲地点へ戻り、4頭が移送先にとどまっていた。
帰還割合は約64%となる。
研究では、元の場所へ戻る行動の背景として、元の生息地への執着や、農地・果樹園で得られる食物などが考察されている。
もちろん、11頭という少数の調査結果を、ほかの地域のクマにそのまま当てはめることはできない。
しかし、放獣先が山林であっても、元の生息地に戻る個体がいることは確認されている。
■ 数字だけで、放獣の是非は決められない
ここまでの調査を整理すると、放獣後の行動には大きな幅があることが分かる。
元の捕獲地点付近へ戻る個体もいれば、人里に再出没しない個体もいる。
移送距離が長くなるほど帰還確率が低下する傾向もあるが、距離だけですべてを説明することはできない。
そして、最も重要なのは、次の3つを区別することだと思う。
・元の捕獲地点へ戻ること
・人里へ再出没すること
・再び捕獲されること
これらは、それぞれ違う現象である。
再捕獲されなかったからといって、元の場所へ戻らなかったとは限らない。
人里に出没したとしても、再び捕獲されなければ再捕獲率には反映されない。
また、元の捕獲地点へ戻らなかった個体が、移送先で安全に暮らしているとも限らない。
だからこそ、放獣の有効性を考える際には、帰還率だけでなく、再出没率や生存率なども含めて評価する必要がある。
■ では、殺処分は必要なのか?
私は、無闇に殺処分することには反対だ。
しかし、殺処分を一律に否定することにも賛成できない。
例えば、山中で偶然わなにかかったクマと、住宅地や人通りの多い公園に繰り返し出没するクマでは、状況が違う。
山中で錯誤捕獲された個体であれば、放獣することが合理的な場合も多いだろう。
一方、住宅地に近い場所で捕獲され、山奥へ放獣したにもかかわらず、短期間で元の場所へ戻ってきた場合はどうだろうか。
しかも、その場所が人通りの多い公園であり、周囲に住宅地が広がっているとしたら。
再び放獣することで、同じ状況が繰り返される可能性も考えなければならない。
もちろん、戻ってきたという事実だけで、人に危害を加える個体だと断定することはできない。
それでも、出没場所や行動、これまでの経緯から人身被害の危険性が高く、ほかに有効な対策がないのであれば、殺処分もやむを得ない判断になることはあると思う。
大切なのは、捕獲された場所、捕獲の原因、放獣後の行動、再出没による危険性を踏まえて判断することだ。
命を守ることと、人の暮らしを守ること。
この両方を大切にしたいからこそ、個体ごとの状況を見極めなければならない。
■ 理想は、里山と人里の境界を維持すること
本来であれば、人間と野生動物が互いの生活圏を保ちながら暮らせることが理想なのだろう。
そのためには、里山と人里の境界を整備し、山や田畑、そこへ続く道を適切に管理していくことも必要になる。
例えば、里山の緩衝帯を整備する。
人の手が入らなくなった場所の草を刈る。
農地や果樹、放置された生ごみなど、野生動物を誘引する原因があれば取り除く。
地域の状況に応じて、侵入防止や見通しの改善に取り組む。
こうした対策を地道に積み重ねることで、野生動物と人間が不必要に接近する機会を減らせる可能性がある。
ただし、草刈りをすればクマの出没がなくなるという単純な話ではない。
クマの行動は、餌資源や地形、個体の性質など、さまざまな要因に左右される。
場所によっては、草刈りよりも誘引物の除去や侵入防止のほうが重要になることもあるだろう。
必要なのは、地域の状況を確認し、効果のある対策を継続していくことだと思う。
■ 過疎地域では、その管理を担う人がいなくなっている
私は今、三重県津市美杉町という過疎地域に暮らしている。
現役世代としてここで生活していると、高齢化によって、これまで管理されてきた山や田畑が少しずつ手入れされなくなっていく様子を実感する。
山へ入るための道も、田畑も、人の手が入らなくなれば維持することが難しくなる。
かつて誰かが管理していた場所を、今は管理する人がいない。
そして、これから先も、その担い手が増える見通しは決して明るくない。
里山の管理が行き届かなくなることと、クマの出没が直接どの程度結びついているのかは、個別に確かめる必要がある。
しかし、人間が暮らしてきた地域の環境や土地の使われ方が変わり、維持管理を担う人が不足していることは、過疎地域が直面している現実だ。
本来なら、人間と野生動物の境界を維持するために、山や田畑を管理し続けることが望ましいのだろう。
だが、その管理を誰が担うのか。
理想を語るだけでは、草は刈られない。
道も維持されない。
荒れた土地が、自然に元どおりになるわけでもない。
誰かが実際に手を動かさなければ、維持できない場所がある。
そして、その誰かが地域から少なくなっている。
この現実を抜きにして、クマの殺処分だけを議論しても、問題の全体像は見えてこないのではないだろうか。
■ 殺処分に反対する気持ちは理解できる
クマの殺処分という言葉に、強い反応を示す人がいる。
命を奪うことは残酷だ。
殺処分には反対だ。
その気持ちは理解できる。
私も、できることなら命を奪わずに済む方法があってほしいと思う。
しかし、殺処分をなくしたいと願うのであれば、そのために何が必要なのかも考えてほしい。
ただ残酷だと訴えること。
殺処分に反対だと声を上げること。
それだけで、現実は変わるのだろうか。
私は、反対という意思を、現場での行動にもつなげてほしいと思う。
例えば、過疎地域に足を運び、里山と人里の境界を整備する。
地域の人と協力して草刈りをする。
荒れた農地や、そこへ続く道の維持管理に参加する。
野生動物を誘引する原因を調べ、対策を支援する。
現地へ行くことが難しいなら、地域の活動を資金面で支える方法もあるだろう。
行政に対して、継続的な対策や管理の担い手を確保する仕組みを求めることもできる。
殺処分に反対する人が、全員、草刈りに参加しなければならないという話ではない。
人にはそれぞれ事情がある。
できることも違う。
それでも、命を守りたいという気持ちを、具体的な行動につなげることはできるはずだ。
殺処分という結果だけを否定するのではなく、その結果に至る状況を変えるために、自分には何ができるのかを考える。
私は、その姿勢が大切なのだと思う。
■ 自然には、人間の都合のいい解決策などない
一つの方法を導入すれば、すべて解決する。
この対策さえ行えば、もう問題は起きない。
そんな都合のいい話は、自然にはないと思う。
草刈りをする。
土地を管理する。
誘引物を取り除く。
地域の人と協力する。
必要な場所では侵入防止に取り組む。
そして、実施した対策にどのような効果があったのかを確かめ、改善していく。
その一つひとつは、目立たない作業だ。
すぐに成果が見えるとも限らない。
一度整備した場所も、放っておけば再び手入れが必要になる。
それでも、できることを少しずつ積み重ねていくしかないのだと思う。
もちろん、こうした活動を続けたとしても、すべての殺処分をなくせるとは限らない。
人の命を守るために、やむを得ず殺処分という判断が必要になる場面もあるだろう。
それでも、事前にできることを積み重ねることで、防げる被害があるかもしれない。
私は、殺処分をなくしたいという願いを否定したいわけではない。
むしろ、その願いを実現するために必要な仕事を、社会全体で考えていきたい。
命を奪いたくないという気持ちを、現実の行動につなげる。
人間と野生動物が共存できる環境を、少しずつ整えていく。
そのために必要な労力を、誰かに任せきりにしない。
クマの殺処分という言葉の向こう側には、そこに暮らす人々の生活があり、地域の現実があり、維持することが難しくなった土地がある。
目の前の結果だけでなく、その背景にある状況も理解する。
そして、理想を語るだけで終わらず、できることを一つずつ実行する。
私は、そうした積み重ねの先にこそ、人間と野生動物の関係を少しずつ変えていく可能性があるのだと思う。
命を守ることも、人の暮らしを守ることも、誰か一人に任せておけば実現するものではない。
だからこそ、現場に暮らす人も、そこから離れた場所で暮らす人も、それぞれの立場で何ができるのかを考えていきたい。
大きなことを一度に変えようとするのではなく、目の前にある小さな仕事を、淡々と続けていく。
自然と向き合うとは、そういうことなのかもしれない。
■ 参考資料
・秦野市の放獣個体の再捕獲・殺処分に関する報道
・鳥取県のツキノワグマ誤捕獲個体の放獣後の移動状況に関する研究
・兵庫県のツキノワグマの学習放獣に関する研究資料
・米国ウィスコンシン州のアメリカクロクマ移送研究
・米国のアメリカクロクマ移送後の帰還・生存に関する2026年の研究
・インドのアジアクロクマ移送後の追跡研究
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