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2026/09/21 10:50



鹿って本当に増えすぎている?


山に入っていると、

「昔より鹿が増えた」
「鹿をよく見るようになった」

と感じることがあります。

一方で、行政の資料を見ると、

「ニホンジカの推定個体数は約230万頭」

といった数字が出てきます。

では、この「約230万頭」という数字は、
どうやって出しているのでしょうか。

そして、そもそも何を基準に、

「鹿が多い」
「鹿が増えすぎている」

と判断しているのでしょうか。

今回は、

・鹿の個体数はどうやって推定するのか
・「ハーベストベースドモデル」とは何なのか
・90%信用区間とは何なのか
・地域によって状況は違うのか
・三重県では何を基準に管理しているのか
・捕獲する鹿の数はどうやって決めるのか

について、行政の資料をもとに整理してみます。


【画像①】
「『鹿が多すぎる』とは?行政はこう考えています」



■「鹿が多い」は、頭数だけでは決まらない


まず大事なのは、

「鹿が多い」
「鹿の頭数が多い」

だけではないということです。

野生動物の管理では、

・鹿がどれくらいいるのか
・農作物にどの程度の被害が出ているのか
・森林の植生にどの程度の影響が出ているのか
・地域の環境や土地利用はどうなっているのか

など、複数の情報を組み合わせて考えます。

同じ県内でも、
鹿の密度や被害の状況が同じとは限りません。

そのため、

「全国で何頭だから多すぎる」

という単純な線引きではありません。


■そもそも、鹿は一頭ずつ数えているのか?


答えは、

一頭ずつ数えているわけではありません。


環境省では、捕獲数などのデータをもとに、
統計的な方法を使ってニホンジカの個体数を推定しています。

2026年4月23日に公表された最新の推定では、
令和5年度末のニホンジカについて、

本州以南
中央値:約230万頭
90%信用区間:約120万~443万頭

と推定されています。

ここで注意したいのは、

「230万頭の鹿を実際に数えた」

という意味ではないことです。

さまざまなデータを統計モデルに入れて、

「現在得られているデータから考えると、
このくらいの個体数がもっともありそうだ」

という推定をしています。


【画像②】
「鹿の個体数は、どうやって推定しているの?」


■では、どうやって推定するのか?


個体数を推定するためには、
鹿に関するさまざまなデータを使います。

環境省の今回の全国推定では、

・捕獲数
・狩猟者登録数あたりの捕獲数
・糞塊密度
・自然増加率などの生態情報

などを使って、統計的に個体数を推定しています。

つまり、

「山に入って鹿を全部数える」

という方法ではありません。

直接すべてを見ることができない野生動物について、
観測されたデータから、
その背後にある個体数を統計的に推定していく方法です。

なお、全国推定で使われるデータは、
地域や推定方法によって異なる場合があります。


■ハーベストベースドモデルとは?


ここで出てくるのが、

「ハーベストベースドモデル」

という言葉です。

ハーベスト(harvest)は、
野生動物の捕獲によって個体群から取り除かれることを指します。

鹿の個体数は、

前年までの個体数
自然増加
捕獲による減少

というように変化していきます。

環境省の資料では、
その基本的な関係を、

個体数(翌年)
個体数(ある年)×自然増加率-捕獲数

という式で示しています。

ただし、実際の個体数推定は、
この単純な計算だけで終わるわけではありません。

捕獲数や捕獲努力量の指標、
糞塊密度、
自然増加率などの生態情報を組み合わせ、
「ハーベストベースドモデルを基本とした階層ベイズモデル」
によって推定します。


【画像③】
「ハーベストベースドモデルとは?」


■「階層ベイズモデル」は何をしているのか?


簡単に言えば、

「鹿は実際には何頭くらいいるのか」

という直接見ることのできない数字を、
観測されたデータから推定していく方法です。

しかも、

「230万頭」

と一つの数字だけを出して終わりではありません。

捕獲数にも年による変化があります。

自然増加率にも幅があります。

調査データにもばらつきがあります。

そこで、こうした不確実性を考慮しながら統計的に計算し、

「どのくらいの個体数があり得るのか」

という分布として結果を出します。

今回の環境省の推定では、
統計的な基準を満たした10,000通りの計算結果をもとに、
確率の高い値やその範囲を示しています。


■90%信用区間とは?


ここで出てくるのが、

「90%信用区間」

です。

先ほどの本州以南のニホンジカでは、

中央値:約230万頭

90%信用区間:約120万~443万頭

となっています。

これは、

「実際の鹿の90%が120万~443万頭の間にいる」

という意味ではありません。

また、

「120万頭が最低値で、
443万頭が最高値」

という意味でもありません。

統計モデルによって得られた推定結果について、

「どの程度の範囲の推定値が考えられるのか」

を示したものです。

環境省の資料では、
90%信用区間を、
「9割の推定結果が含まれる区間」と説明しています。


【画像④】
「90%信用区間とは?」


■だから「230万頭」という数字にも幅がある


私たちは普段、

「鹿は230万頭いる」

と聞くと、
230万という数字が確定したように感じます。

でも、実際には違います。

230万頭というのは、
推定された分布の中央に位置する「中央値」です。

その周囲には、
かなり大きな幅があります。

だからこそ、

「230万頭いる」

という数字だけを見るのではなく、

「230万頭を中央値とする、
幅を持った推定値なんだ」

と理解する必要があります。


■そして、推定値は後から変わることもある


もう一つ重要なのが、

「一度出された推定値は、
そのまま固定されるわけではない」

ということです。

新しい捕獲データなどが加わると、
過去のデータも含めて再計算されるため、
過去の推定値が見直されることがあります。

環境省も、

「新たなデータを追加して推定をすると、
過去に遡って推定値が見直される」

と説明しています。

つまり、

調査
推定
管理
新しいデータ
再評価

という流れを繰り返しながら、
野生動物の管理が行われています。


■では、「鹿が多すぎる」はどうやって決めるのか?


ここが今回、
一番知りたかったところです。

「鹿が何頭いれば多すぎる」

という全国共通の数字があるわけではありません。

地域ごとの環境や、
農林業への被害、
森林の植生などとの関係を見ながら、
管理の目標を設定します。


■三重県では、何を目標にしているのか?


三重県の第5期
「第二種特定鳥獣管理計画(ニホンジカ)」では、

・農業被害程度が「深刻」または「大きい」集落の割合を20%以下
・森林下層植生の衰退度2以上の地点を30%以下
・林業被害を軽減する

という目標を設定しています。

そして、
鹿の生息密度と農業被害、
森林下層植生の衰退度との関係を分析した結果、

これらの目標を達成するための密度管理の目標値として、

「10頭/km²以下」

が設定されています。


【画像⑤】
「なぜ『約10頭/km²以下』なのか?」


■10頭/km²を超えたら「多すぎる」のか?


ここは誤解しやすいところです。

10頭/km²という数字は、

「10頭までは安全」
「11頭になったら危険」

という境界線ではありません。

三重県第5期計画の中で、
農業被害や森林下層植生について設定した管理目標を達成するための、

「密度管理の目標値」

として設定された数字です。

さらに計画では、

生息密度の推定値には幅があること。

衰退した植生を回復させるためには、
10頭/km²よりもさらに密度を低下させる必要がある場合があること。

こうした点から、
10頭/km²という設定は必要に応じて見直すこととしています。


■鹿が少なくても、被害が大きい場所はある


もう一つ興味深いのは、

「鹿の密度が低ければ、
必ず被害も小さい」

とは限らないことです。

三重県の計画でも、
生息密度が低い集落でも
被害が大きい地域があることが示されています。

そのため農業被害については、
捕獲だけではなく、

・侵入防止柵
・被害防除
・集落周辺の環境管理

などを組み合わせて対策することが重要になります。

つまり、

鹿の数を減らすこと
被害対策のすべて

ではありません。


■では、捕獲する鹿の数はどうやって決めるのか?


ここも、

「毎年○万頭捕ればいい」

という単純な話ではありません。

三重県の第5期計画では、

モニタリングデータと捕獲頭数に基づいて
生息頭数を推定し、

複数の捕獲計画に沿って
将来の生息頭数を予測したうえで、

目標となる捕獲頭数を設定するとしています。

さらに、

・生息密度が高い地域
・農業被害が大きい地域

など、
地域の実情に応じた捕獲も行うこととしています。

つまり、
県全体で一律に同じ数を捕るのではなく、
地域の状況を見ながら捕獲方法や場所を考えていくわけです。


■「鹿が増えすぎた」という言葉の中身


ここまで見てくると、

「鹿が増えすぎた」

という言葉も、
少し違って見えてきます。

それは単純に、

「山に鹿がたくさんいる」

という意味だけではありません。

その地域の環境の中で、
鹿の密度がどの程度なのか。

その密度によって、
農業や林業にどの程度の被害が出ているのか。

森林の下層植生に、
どの程度の影響が出ているのか。

そして、
人間側の防除対策はどうなっているのか。

こうした複数の情報を合わせて、

「この地域では、
どの程度の密度を目標に管理するのか」

を考えているわけです。


■山に入っているからこそ、数字も見てみたい


実際に山に入って鹿を見ていると、

「今年は多いな」

「この辺りは減ったな」

と感じることがあります。

そうした現場の感覚は、
数字だけでは分からないものがあります。

一方で、
感覚だけでは県全体や全国の状況を判断することもできません。

だからこそ、

現場で見ること。

データを見ること。

その両方が必要なのだと思います。


今回調べてみて分かったのは、

「鹿が増えすぎている」

という一言の裏側には、

個体数の推定、
統計モデル、
被害調査、
森林の植生調査、
捕獲数、
そして地域ごとの管理目標など、

多くの情報が積み重なっているということでした。


鹿を一頭獲る。

その一頭が、
全体の中でどんな意味を持つのか。

そこまで考えると、
「捕る」という行為も、
また少し違って見えてきます。


【参考資料】

環境省
「全国のニホンジカ及びイノシシの個体数推定等の結果について」
2026年4月23日公表

環境省
「資料1 個体数推定の手法
(統計手法による個体数推定の概要)について」

環境省
「資料2 個体数推定の結果について」

三重県
「第二種特定鳥獣管理計画(ニホンジカ)(第5期)」

写真:Bushcraft komorebi(コモレビ)