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2026/08/17 08:34

マダニは、獣道からやってきた。
昨日、罠の見廻りと、新しく罠を仕掛ける場所の下見のため、笹の生い茂った細い獣道を漕いでいました。
獣道は、人が歩くために作られた道ではありません。
鹿が通り、獣が通り、その結果として草木が押し分けられてできた道です。
そんな場所を歩いた後、帰ってきて脚絆を確認すると、マダニが一匹付いていました。
「あっ、ついてた」
私にとっては、それくらいの感覚でした。
罠の見廻り、罠の設置、止めさしなどで山に入った後は、帰ってきてから必ずマダニが付いていないか確認しています。
長靴は洗い流す。
服はブラシを掛ける。
そして、身体にも付いていないか確認する。
これは、特別なことをしているというより、猟師として山に入るようになってから自然と習慣になったことです。
翌朝、新聞を開くと
中日新聞19面に「マダニ感染症 北へ拡大」という記事が載っていました。
昨日、自分が歩いた獣道。
そこに付いてきたマダニ。
そして翌朝の新聞の記事。
マダニは、家庭の中で見かける小さなダニとは違います。
主に森林や草地などに生息し、郊外や市街地にも生息しています。
厚生労働省によると、日本には命名されているものだけで47種のマダニが生息しているとされています。
そして、そのすべてが危険な病原体を持っているわけではありません。
SFTSという感染症を媒介することが確認されているマダニも、その中の一部です。
SFTS。
正式には「重症熱性血小板減少症候群」といいます。
SFTSウイルスを保有するマダニに刺されることで感染することが多く、発熱、全身倦怠感、食欲不振、嘔吐、下痢、腹痛などの症状が出ます。
重症化すると、死亡することもあります。
日本では2013年にSFTSが感染症法上の届出対象となって以降、患者が報告されています。
厚生労働省によると、2021年以降は毎年100人を超える患者が報告されています。
そして2026年は、5月31日時点で65人。
前年同時期の56人をすでに上回っています。
まだ夏の途中です。

マダニの活動が盛んになる春から秋にかけては、特に注意が必要とされています。
さらに今回の新聞記事で気になったのが、「北へ拡大」という部分でした。
SFTSはこれまで西日本を中心に報告されてきました。
ところが2025年には、関東や北海道でも感染した事例が報告されています。
厚生労働省も、現在では全国的に感染リスクがあると考え、まだ患者が確認されていない地域でも注意が必要としています。
マダニが突然現れたわけではありません。
もともと日本の山や草地には、マダニが生息しています。
では、なぜ今、北へ広がっているのでしょうか。
ここは一つの原因だけで説明できる問題ではありません。
気候の変化。
野生動物の分布。
マダニが吸血する動物の存在。
人間の土地利用。
さまざまな要因が関係していると考えられています。
そして、ここで私が気になったのが鹿との関係です。
厚生労働省の資料では、シカやイノシシなどの野生動物について、SFTSウイルスに対する抗体を持つ個体が確認されています。
抗体が確認されるということは、その動物が過去にSFTSウイルスに感染したことがあると考えられるということです。
ただし、ここは非常に重要です。
「鹿にSFTSウイルスの抗体がある」
ということと、
「鹿から人へSFTSが感染する」
ということは同じではありません。
現在確認できる厚生労働省の資料から、鹿を扱えばSFTSに感染する、と断定することはできません。
私は鹿を捕獲します。
皮を剥ぎます。
肉を扱うこともあります。
山で鹿と接する機会は、一般の人より多いでしょう。
だからこそ、感染症について知っておく必要があると思っています。
そして、今回調べていてもう一つ気になったことがあります。

SFTSは、マダニに刺されることだけが感染経路ではありません。
厚生労働省によると、SFTSウイルスに感染した猫や犬との接触によって感染したと考えられる症例も報告されています。
三重県で実際に起きた事例があります。
2025年、三重県内の70代の男性獣医師がSFTSを発症し、亡くなりました。
国立健康危機管理研究機構の報告によると、この獣医師は発症のおよそ3週間前に、マダニが付着していた放し飼いの猫2頭を診察していました。
その猫は、その後SFTSと診断されています。
獣医師自身もSFTSを発症し、検査の結果、血液・血清・尿からSFTSウイルスの遺伝子が検出され、SFTSと確定診断されました。
さらに詳しく調べたところ、獣医師と診察した猫から検出されたSFTSウイルスは、同じ系統であることが確認されました。
この事例では、獣医師にマダニに刺された明確な記録は確認されていません。
そのため、報告では「ネコからヒトへの感染が疑われた死亡例」とされています。
ここは重要なところです。
「猫から人へ感染したことが確定した」とまでは書かれていません。
しかし、SFTSに感染した動物との接触が、人への感染につながる可能性を示す非常に重要な事例です。
しかも、この事例は遠い地域の話ではありません。
三重県内で実際に起きています。
さらに国立健康危機管理研究機構の報告では、2025年4月30日時点で、発症した動物への医療行為中に感染したと推定される獣医療従事者の届出例が11例あり、その後の集計では12例が確認されています。そのうち1例は死亡例でした。
SFTSを発症した猫や犬の唾液から、高濃度のSFTSウイルスが検出されることも報告されています。
つまり、マダニに刺されないようにすることだけではなく、感染した動物の血液や体液などに直接触れることについても注意する必要があります。
この話を知って、私は猟師として改めて考えました。
私は鹿を捕獲します。
止めさしをします。
皮を剥ぎます。
場合によっては血液や体液に触れることもあります。
もちろん、今回の三重県の事例から「鹿から人へSFTSが感染する」と言うことはできません。
猫と鹿では条件が違います。
しかし、野生動物を扱う仕事をしている以上、動物由来の感染症について知っておくことは必要だと思います。
今回、脚絆についていた一匹のマダニ。
山に入る。
動物に触れる。
マダニが付く。
そこから感染症という問題につながることがある。
改めて知っておく必要があると思いました。
さらに、患者の体液との接触による人から人への感染も報告されています。
これは「人から人への感染も否定できない」というだけの話ではありません。
厚生労働省は、現在のSFTSの情報として、患者の体液との接触による人から人への感染が報告されていると明記しています。
2024年には、国内でSFTS患者から医療従事者への感染事例も報告されました。
つまり、マダニに刺されることだけを考えていればいいわけではない。
感染した動物や患者の体液など、感染源との接触についても考える必要があります。
もちろん、ここでも鹿については慎重に考えなければなりません。
「鹿を解体しているからSFTSに感染する」と言っているわけではありません。
鹿から人への感染が確認されているという話でもありません。
ただ、猟師として野生動物の血液や体液に触れる機会がある以上、野生動物由来の感染症について知っておくことには意味があると思います。
マダニ対策についても、今回改めて確認しました。
厚生労働省は、草むらや藪などに入るときには、長袖、長ズボンを着用し、肌の露出を少なくすることを勧めています。
シャツの裾をズボンの中に入れる。
ズボンの裾を靴下や長靴の中に入れる。
足を完全に覆う靴を履く。
帽子や手袋を着用する。
首にタオルを巻く。
明るい色の服を着る。
虫除け剤を使用する。
そして、屋外活動の後には身体を確認する。
私が普段やっている、
長靴を洗い流す。
服をブラシ掛けする。
身体を確認する。
という習慣も、マダニを家の中へ持ち込まないという意味で続けていこうと思います。
今回、脚絆に付いていたマダニを見つけたことで、改めて思いました。
山に入っていると、マダニは珍しい存在ではありません。
鹿を追って獣道に入る。
罠を見に行く。
藪を漕ぐ。
山の中で作業する。
その一つ一つの行動の中に、マダニとの接触の可能性があります。
だからといって、山に入らないという選択をするわけでもありません。
私にとって山は仕事場であり、生活の場でもあります。
大切なのは、怖がることではなく、知っておくことだと思います。
マダニとはどんな生き物なのか。
どんな病気を媒介するのか。
どんな感染経路があるのか。
どうすれば接触を減らせるのか。
知っていれば、山から帰ってきたときの行動も変わります。

参考資料
・厚生労働省「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)」
SFTSの概要、感染経路、予防方法、発生状況などを参照。
・厚生労働省「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)に関するQ&A」
マダニの種類、感染経路、予防方法、動物から人への感染、人から人への感染などを参照。
・厚生労働省「ダニ媒介感染症」
マダニに刺されないための服装、野外活動後の確認などを参照。
・厚生労働省「令和8年6月16日 大臣記者会見」
2026年5月31日時点のSFTS患者数65人、前年同時期56人、北海道を含む全国的な注意喚起について参照。
・厚生労働省「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)ウイルスの患者から医療従事者への感染事例について」
2024年に国内で確認された患者から医療従事者への感染事例について参照。
・中日新聞 2026年8月17日 19面「マダニ感染症 北へ拡大」
今回の記事を書くきっかけとなった新聞記事。
※この記事では、公的資料で確認できた情報と、私自身の猟師としての経験を分けて記載しています。鹿などの野生動物から人へSFTSが感染すると断定するものではありません。
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