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2024/05/16 23:26

真鍮鋲が鉄砲の薬莢(真鍮製)をイメージさせると言われたことがあります。
生々しいのではないか?と

確かに仰ったことに対して「確かにそうかも知れない」と思いました。
と同時に生々しいことを完全に包み隠してなかったことにしてしまうような製品(作品)を作ることに意味はあるのだろうか?と

私は猟師で鉄砲ではなく罠ですが、止め刺しと言う生命に終わりを告げる行為を行なっています。
目の前で血が流れる光景も目にしています。
私が皮革を一般の方と同じようにお店で購入していたならばそれでいいのだろうと思います。

しかし私はそうではありません。
生々しいとは生きていたからこそ感じる感情だと思います。
私の作品(製品)は血が通っていたことを感じることのできる作品(製品)でありたい。



そして、この偏屈な作品(製品)を気に入ってくださる方がいれば嬉しいなと心からそう思います。